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2次OB山行紀行

 

YWV創立50周年記念妙高山行   

                           

山本 (10期)

参加者:嘉納( 1) 吉野( 2) 宮崎( 2) 小林( 7) 山本(10) 安藤(11) 榎本(12)小口(14) 葛窪(17  小浜(17) 長谷川(17)渡辺(17) 山口(18) 小野(34

塩野(46) 小林(49  高岩(50  石倉(50  渡辺(51  田辺(51  茂呂(51

中野(51         計22  平均年齢43.73歳  

妙高山は私が1年生であった1966年の夏合宿で登った山だ。その隊の名称は「名香山隊」、妙高山の昔の名前からとったものだ。その山がこの記念山行の目的地に選ばれたとは何ともめでたいことである。

1013日(土)朝6時過ぎにJR、バスで上越に来た4人を乗せた妙高2号は妙高高原駅に着いたが、何と雨が降っていた。吉野さん、宮崎さんなどの出迎えを受け、車で来たメンバーを合わせて燕温泉に全員が集合した。

そこには最近階段で脚を痛めた8期の佐木さんも見送りに来てくれた。メンバーは1期から51期まで(70歳から18歳まで)の22名。平均年齢は推計44歳であった。出発する頃になると、雨が上がってきた。6:50に出発。先頭は50周年記念山行委員長の11期安藤さん、殿(しんがり)は2期吉野さんと思われたが筆者は前の方にいたため確認はしていない。登山口とおぼしきところに登山者カウンターがあり通過した人数を数えている。ここまでは舗装された車道で、この先は細い道に入るが、そこも舗装されている。源泉小屋に行くためのようだ。しかし右側は深く切れ落ちておりバランス感覚の鈍ってきた中高年には一寸怖いところもあった。道ばたには所々温泉が湧いていて硫化水素の臭いが漂っている。前方に滝が見えたところで休憩。ここも足元が切れ立っておりやはり怖い。ここからもしばらくは沢沿いに歩く。他の登山パーティーとは抜きつ抜かれつ状態となるが、そのたびに22人が通過するので相手のパーティーには迷惑であったと思われる。

麻平分岐を過ぎると、いよいよ尾根への登りで急登となった。登山者が多いせいか登山道が深くえぐれたところがありアルバイトを強いられた。胸突き八丁という急坂を過ぎると広場に出た。(9:20)そこが天狗堂という分岐であった。今山行のOB中の最大勢力である17期が自然の中の生活と都会生活のバランスについて議論していた。

ここにも登山者カウンターがある。この記録はどのように利用されているのだろうか。ここからしばらくは傾斜が緩く、光善寺池という池もある。その先には冷風が吹き出しているという風穴があったが、なぜか風は殆ど吹いていなかった。

この当たりから山頂部に入り傾斜が急になってくる。その入口が鎖場という名前の岩場になっている。鎖場を過ぎても山頂までずっと急登が続くが、足元には粉砂糖のような新雪が現れてきた。また、西方には北アルプスの山々が望まれた。

11:00安藤委員長の予定通り妙高山南峰に到着した。妙高山の最高点即ち山頂はこの南峰であり、それが2454mという妙高山の標高となっている。かつては、山の標高は三角点の標高で現わされており、妙高山の標高も北峰にある一等三角点の高さ2446mとされていた。

今から10年ほど前、国土地理院は山の標高を見直し、三角点ではなくて最高点をその山の標高とすることにした。妙高山の標高もこれに倣って南峰の標高である2454mとなった。

しかし、北峰の方に三角点があり、広くて休むのに向いているため、2446m三角点の目の前に2454mという標識が建っているという奇妙なことになっている。その北峰の頂上で昼食を取り、記念撮影をした。

また筆者は一通り現役諸君との相互紹介をした。

頂上に名残を惜しみつつ天狗堂まで往路を戻る。(13:09)ここから右にコースを取り新赤倉温泉へ下る。すぐに林道に出て、しばらく行くと大谷ヒュッテが建っている。無人だがきれいな小屋であった。林道をそのまま行くと山小屋の近くに出るのだが、工事中のため通行止めになっている。しかたなく左の山道にはいるが、結構傾斜がきつく最後の力を振り絞って歩くといった状態となった。その甲斐あって前方が開けスキー場に飛び出した。すぐ下にスカイケーブルの駅があった。(15:00)ここで一応記念山行は終了した。が、歩き足りない(?)現役と34期の小野さん(普段のOB山行委員長)と筆者は、スキー場のゲレンデを滑るように下っていった。新赤倉温泉の岡山館で汗を流して記念山行は完了した。

 

仙人池・トウヒの森散策

山本 (10期)

参加者:高橋( 8) 綾部( 8) 鈴木( 9) 山本(10) 安藤(11) 大森(11 小口(14

 鈴木(14) 葛窪(17 小浜(17)長谷川(17) 山口(18) 笹倉(30) 小野(34) 

                                                          14名 平均年齢54.4歳 

苗名小屋での記念式典から明けた1014日(日)は、小屋と笹ヶ峰牧場の間にある仙人池と笹ヶ峰ドイツトウヒの森を散策した。メンバーは8期から34期まで14名。因みに平均年齢は昨日より10歳増しの推計54歳であった。

9:30に小屋を出発し笹ヶ峰牧場へと続く車道を歩いていくと昨日登った妙高山が遠望できる。都会の道路と違って、通過する車が例外なく徐行してよけてくれるのが嬉しい。標識もない分岐を左に曲がると仙人池である。すると昨晩聞いたアルプホルンの響きが漂ってきた。8期の池原さんたちホルンの会の皆さんが先回りして池を囲むようにしてホルンを演奏していて、後から来る我々をホルンの音色で迎えてくれたのだ。池の周囲は響きもよく、我々散策隊は大いに喜んだ。 暗い中で聞くよりはこの池の畔で、池に写る黒姫山を眺めながら聞くアルプホルンの方が何倍も素晴らしく、思わず「Sound of Music」の世界にいる気分になった。

池を半周すると今度は逆さ妙高が見られた。ホルンの音色とお別れし、トウヒの森に向かう。途中にヤマブドウがあって皆で味見をするが、味は今一であった。

階段状の道をかなり下るとドイツトウヒの森がある。皆が持ってきた食料を回してここで昼食にするが、小屋に沢山残っていたビールを持ってこなかった事を悔やんだ。この先の広場を探索し、そこから帰路についた。

この広場の藪の中で筆者だけが鮮やかな青い実を見たが、その鮮やかさが印象的であった。来る時に下った分を登り返し県道に出ると、笹ヶ峰牧場の向こうに1966年の夏合宿で登った焼山、天狗原山等が眺められた。下りの車道の長さにうんざりしたころ小屋に着いた。(13:00

 

 

苗名小屋での祝賀会・懇親会

苗名小屋での50周年記念祝賀会・懇親会は、会員41名+部外者名+来賓の岡田氏という多くの人の参加を得て行われました。祝賀会では嘉納OB会長、後藤小屋委員長のご挨拶ののち、記念植樹(ヤマザクラ苗木10 本)を行いました。

懇親会では、名物のバーべキューや闇なべをお腹一杯いただきながら、特別ゲスト;玉川アルプホルンクラブの合奏、全員合唱、エール交換、踊りなどで楽しく過ごしました。五右衛門風呂にも入浴して、翌朝は小屋の修理もしっかりやりました。

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